底辺サラリーマンがビルケナウ収容所へ行ってきました
アウシュビッツのツアーが終わって戻ってきました。。しばし休憩。。俺はカフェオレ飲んだ5ズロチなり
そしてまた外に出てバス停に向かう。。ここからビルケナウまでは3kmくらい離れていて無料のシャトルバスがあるんよ
いちおうクラクフへ帰るバスの時刻表もチェックしておこう
しばらくするとバスがやってきた
バスに数分乗ってビルケナウに到着
とにかく広い。。広すぎる
ここに連れられてきた100万人以上の人々。。この地に立って何を思っていたか
貨車が置いてあった。。ここに何日もスジ詰め状態で到着するころにはすでに亡くなっていた方も多かったそうである
そして70年以上まえのここで貨車から下ろされた人々が分別されていた。。本人たちはまったく訳もわからないまま
そして再度 ドイツ人による仕分け作業の写真
上の写真と比べてわかると思うがまさにこの場所だったんだね
駅のホームの分別作業後に「価値なし」と判断された人々がガス室まで歩いた道とまったく同じ道を案内してくれた
モニュメント。。ちなみにほとんどのイスラエルの人たちは修学旅行 でアウシュビッツ強制収容所を訪れるそうだ
24カ国に訳された石版。。こんな碑が24個並んでるんよ
そしてここがガス室。。ガス室は施設内にたくさんあってここは4号ガス室 (ってたしかガイドさん言ってたっけ:記憶定かでない)
ここから入って。。
服脱いでから左奥がガス室
ドイツ軍の戦況が悪化していきいよいよココ、ビルケナウにも連合軍が入ってくるのも間近になってくると証拠隠滅のためこういった建物は徹底的に爆破された。。
とにかくココ広いわ。。
建物いっぱい
建物の1つに案内してもらった。。こんなところにスシ詰めで寝かされていたらしいね。。枕も掛け布団もない。。冬は零下30℃やったって。。想像を超えた過酷な環境
今回は現地ツアーに参加して正解だったわ。。あまりにも広く、あまりにも建物が多く一人で来ても何かさっぱり理解できんまま帰ってたと思うわ
この3名のアジア系は中国(または台湾人)やった
そしてビルケナウ訪問終了。。すでに夕方3時を過ぎていた。。
ガイドさんは最後にこう言ってました。。ドイツ人が悪魔のような存在として認識されがちだが彼らも愛する家族がいる「普通の人間」であるということ。。
本当に恐ろしいのは、戦争は「普通の人間」にこの惨劇を実行させてしまうようになること。。
あなた方は今絶対にこんな恐ろしいことはしないって思ってるでしょ。。
人種差別と愛国心に扇動され、何が正義かを見誤ってしまうと誰もがこうなってしまう可能性があるのよって。
(なお本ブログを見てくださってたまにコメントをいただくことがありますが本件に関しては返信はいたしません。どう思うか? どう感じるかは個人の自由であり私は同意や反対についてコメント出来る立場では無いと思うからです)
そして駆け足でバスに乗る。。実は荷物預け入れ場のおっちゃんから「15:45分には閉めるからな」っと何度もクギを刺されていたのだ
今回は前日に行き先を決めるあまりにも無計画な旅であったため事前の予習をもっとやっとけばよかったと今になって悔いが残る。。
また後で分ったんだけど今回のツアーでは全部を網羅してないね。。やはり3時間という短い時間では無理なんやろうな
ただ。。
「ここには必ずもう一回来る」
帰りはバスにするか電車で帰るか迷ったが電車にした。。
この選択が最悪の結果やった
2キロほど歩いてオシフェンチム駅に到着。。が。。。
電車の本数がめっちゃ少ないやん!!!
駅の待合室で1時間半以上も待つハメに。。。
17:40やっと電車が到着。。ちなみに6ズロチ。。安杉!!!!
車内はこんな感じや。。。しかもこの電車超鈍行で無人駅止まりまくり
やっとクラクフ到着。。。激疲れ。。。
夕食はまたもやMIYAKO SUSHIwwww
こっち来てから地元の料理未だに食べてにゃいwwwwww